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13日遊ぶ約束してて、先約あっただめだった、って日記に書いて、でも13日の予定がずれたからやっぱり遊べるよって、ちゃんと連絡したいんだけど連絡手段がない…(・ω・)サイトもツイッターも携帯メアドも…あれれ…。と、とりあえず、時間と場所決めるのもできないままだったから、無しになったってことでいいのかな??すでに一度遊んだことある子だから大丈夫だと思ったんだけど、誘っちゃうのまずかったかな??
それとも何かあったのかな…大丈夫かな…。
仕事が先行き不安です(・ω・)
こえ~独り立ちこえ~。やってけるのかな私は。本当に一人前になれるのかな。二年目に真価が問われるよって言われるので、プレッシャーです。どきどき。
まぁがんばります。あんまり才能あるタイプじゃないから、ほんと人一倍勉強しなきゃなのかなぁ。セミナーとか行くだけじゃなくてもっとなんか、もっとやった方がいいかも。
リボコロ楽しみ過ぎてどうにかなりそうです…!!!!!!!!!
やばいよほんと…雲雀の部屋…はぁはぁはぁはぁはぁ
ツナたんの部屋もさ、そこに雲雀がだらだらしているのが目に浮かぶよ…。二人でごろごろだらだらしてるの萌え…萌え…うっうぐ…
ほんと楽しみ過ぎてどうにかなりそう…頭おかしくなりそう…
この前更新しました。愛想尽かされる雲雀に萌えすぎてどうにかなりそうで衝動のままに書いた。
萌えた瞬間を逃さず書けるのってうれしいです。ラストはとりあえず仲直りしてほしいな~っていうあいまいさで書き始めたんだけど、ラストに近づくにつれ、自然と妄想が進んで、そうなったから、じゃあそう書くか、みたいな感じで書きました。そうやって妄想の中で雲雀とツナが自然に動いていく感覚が久しぶりでした。楽しい。やっぱり書きたい!って思った瞬間に書けるのっていいよね~。時間があるってすばらしい。
がっかりされるくらいならむしろ書かん、と思った時もありましたが、やっぱりがっかりされてでも自分の書きたいものを書いていきたいです。がっかりさせたらごめんなさい。先に謝っておきます。すでにがっかりさせてると思うけどご愛嬌。
あっそういえば今朝もなんか書きたい話あったんだけどわすれちゃったな。なんだっけ。もんもん。
<目次>
序章
第一章 現在
第二章 十年後
第三章 沢田綱吉
終章
参考文献一覧
序章
雲雀恭弥は5月5日、彼の性格を表すにふさわしい、子どもの日に生まれた。
雲雀恭弥は実に奥が深い人物だった。群れを平気で咬み殺す、残虐性。小動物をかわいがる、穏やかさ。自分の小鳥にヒバードと名をつける、ネーミングセンス。休日にまで学校に来て、群れている草食動物達に雪玉をぶつける、切なさ。かわいらしい台詞も多い、あどけなさ。そして強さ。かっこよさ。このように、彼は様々な一面を持っている。
それらはいずれも関係のないように見えて、根本にあるものは一つだと私は考えている。雲雀恭弥は、自分の感情に人一倍素直なのだ。まるで子供のように、いやそれ以上かもしれない、彼は素直なのだ。
雲雀恭弥の容姿が優れていることから、彼の行動すべてが美しく凛々しいものに見えるのは当然であろう。その見かけとは、かわいいという一面はまるで裏腹に思えるのだろうが、かっこよさは彼の外面であって内面に影響は与えない。彼の本質はあくまで、素直さだ。
「ワオ、子犬かい?」
「オルゴールかい?」
「はじめようか、天才君」
「もういい」
このようなかわいらしい台詞がたくさん出てきていることからも、彼がかっこよい自分であろうとしているわけではないことがうかがえる。彼はまわりにどう思われようと関係なく、ただ自分の言いたいことを言い、自分のしたいことをしているだけなのだ。自分の感情に対して、素直なのだ。けれどその素直さはもろ刃の剣となり、彼をひとりぼっちの運命に追い詰める。
まわりにいるのは部下だけ。そんな雲雀の人生の転機になったのが、沢田綱吉との出会いだ。彼は沢田綱吉との出会いによって運命を大きく変えることとなる。自分の感情に素直、つまりは誰よりも自分の信じたことを貫き通す芯の強さを持つ、ともいえる雲雀が、強い信念を持って健気に、人の為に行動できるという一面を獲得していく。中学生時代の雲雀の魅力にさらに、一途さ、健気さが追加されることになるのだ。
本論文では、彼にまつわる作品をもとに、彼の持つ魅力について考察していきたい。第一章「現在」では、ひとりぼっちだった頃である、中学生時代の様子を見ていく。たくさんの自由奔放な行動、おもしろい行動、かわいい名言を残した、並盛中風紀委員長雲雀恭弥。何者にもとらわれず、何者にも影響を受けなかった頃の、ありのままの雲雀の性質を考察したい。
第二章「十年後」では、沢田綱吉との出会い、仲間やライバルとの出会い、そして悲痛な現実を経験した十年後雲雀恭弥について論じていく。中学時代と比較して何が変わったのか。どう変わったのか。何も告げずにただ一人囮となることを選び、戦闘狂だったはずの彼が、自分の手で倒すのではなく、過去の自分に託した時の思いとは、どんなものなのだろうか。彼の行動を深く読みとっていくと、思わず顔をしかめてしまうほど悲痛で、強き優しさがありありと伝わってくるだろう。
第三章「沢田綱吉」では、第一章、第二章を受けて、沢田綱吉との出会いについて詳しく見ていきたい。このままでは本当に並盛の座敷わらし的な存在になりそうだった雲雀を外の世界に連れ出したのは、他の誰でもない沢田綱吉だ。雲雀が嫌悪していたはずの草食動物。雲雀の変容に沢田綱吉が関係していることは否定のしようがない。この人物が彼に与えた影響はどんなものだったのだろうか。
この三つの面から考察することで、雲雀恭弥の魅力を論じていきたいと考えている。現在と十年後を比較して、その相違性と共通性を明らかにしていく。その変化の大きさが、沢田綱吉の存在の大きさであろう。それを受けて第三章では、沢田綱吉との出会いによる、中学生雲雀の些細な変化や十年後への変化を沢田綱吉と絡めて見ていきたい。
雲雀恭弥の魅力と密接に関わる沢田綱吉。彼ら二人は切っても切り離せない関係であろう。沢田綱吉こそが、雲雀恭弥をより魅力的にする、大切な人物なのだ。雲雀の魅力の一つとして、彼への並々ならぬ思いが挙げられるだろうことを、私は予感している。
以上のような手法にのっとって、本論文を展開していきたい。
なお、本論文はひな祭り(ひばつな祭り、ひいては、私自身の祭りという意味を持つ。)を楽しむための一つとして行った事であり、とくに続きがあるわけではないことを、まずはここに記しておく。
「もうすぐ一年終わるね」ってみなさんに声かけていただいて、ほんと終わっちゃうなぁと実感します。本当に指導の方々に感謝しています。
それというのも情けない話、今まで受験とかいろいろあったけど、自分の持つ目標はたまたま自分のレベルと同等かそれ以下だったので、とくに壁にぶつかるでもなくゆるゆる過ごしてきたわけです。しかし仕事となるとだいぶレベルが上がって失敗ばかりで壁にぶつかってばかりで大変で、挫折も何度もしたような、そんな感じになって初めて、支えてくれる人がいることの幸せを、本当に初めて、心の底から、実感できたんだと思います。一人では無理だった。
一緒に過ごしてくれたことが本当に本当にうれしくてこれを打っている間も涙こぼれてくるくらい、感謝しているのに、それをどうやって伝えたらいいのかわからない。どうやって恩を返せばいいのかわからない。
私のイメージカラーを元気なオレンジといってくれて、どんなに大変なことがあっても笑顔でのりこえたねって言ってくれたから、これからも元気にがんばって、いつかまた一緒に仕事ができる日に、成長した自分を見てもらえたらいいと思う。
なんだかんだでまだまだ学生寄りの気持ちが強いけど、私も来年度からは本当に独り立ちなんですね。さみしいな~。託される側から託す側へ、ほんとにならなくちゃいけないんですね~。
とにかく直接的にお世話になった方々には、この二種類のどっちかを一箱ずつ配ろうと思います(^ω^*)春コミ行き悩んでたけどこれに背中押された。そういえば私メイド喫茶に一度も行けてないぞな…。
あとヒバツナオンリの日って三連休のど真ん中の上、ちょっとがんばればまた祝日なんですね!!!!!
神よ!!!!!
ヒバツナの神よ!!!!!!!!
私生きててよかった。こんなに最高の日程で最高の祭りが催されるなんて感動で涙出そうだよ。
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